岡崎ゆみの『ピアニスト備忘録』

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そしてフロリダへ

 昨年同様色々事情があって(笑)、フロリダのポート・セント・ルーシーに1週間滞在します。
8月12日にサントリー大ホールでベートーヴェンのソナタ全楽章を演奏させて頂くのですごく迷いましたが、演奏と同じくらい家族も大切。ベストは両方できること041.gif

 夏休みで混んでいると思い3時間近くも前に空港到着。しかしニューアーク空港からウエストパームビーチ行きの飛行機は悪天候のためキャンセル・・・007.gif 7時間後の飛行機をやっと予約してラウンジで待つもクーラーが強すぎで物凄く寒い・・・簡易毛布を買ってきて無駄に出費015.gif

 Wパームビーチ空港からホテルまで1時間かかるので到着したのは午前2時を回り、お部屋に落ち着いてベッドに横になったときは3時amを過ぎました。

 翌朝!パームツリーが力強く上に伸びる素晴らしいリゾート。わ~~い。
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アクアビクス!(オジ様側でなく可愛い金髪のお兄さんに寄っている私)

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 しかし!毎日練習です。古いグランドピアノだけど、なんだか一生懸命鳴らしてくれている感じがしました。ピアノさんありがと~~~。窓の外にヨットの帆が横切ったり、かもめが飛んでいたり・・・ベートーヴェンには合わないけれど気持よく練習できます。
 
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 家族も満足。帰りはちょっと奮発して憧れのHotel Pierreへ。ここのバンケットロビーが素敵。
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 日本人へのサービスとして「ブルボンのクッキー」が用意されていたのは御愛嬌。
 
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 さあ、帰国して頑張って演奏しよう!!!
by yumi-okazaki | 2012-07-31 12:29 |

NYCに往復の夏

 息子が参加したサマーコースが終わるため再びニューヨークへ。青少年のためのエンタメ系クラスを多数用意しているニューヨークフィルムアカデミー http://www.nyfa.edu/ で昨年はハリウッドの映画製作と映画演技コース、今年はニューヨーク校のみで開催されるミュージカルコースに1カ月間参加しました。
 毎日クラシックバレエ、ジャズとタップダンスを午前中に、歌・演技・研究を午後に受講して「すごく忙しい」とのこと。発表会を観にロワーマンハッタンのホテルに宿泊。世界貿易センター跡が部屋の目の前に見えます。地下のふたつの四角い土地(ビルの跡)を観光客が見おろします。テロも戦争も許さない、とほとんどの人が思うはずです。なのに、最近キナ臭い言動が日本でも海外でもメディア上に増えている気がします・・・・
 
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 初めてウォールストリートを歩き証券取引所でワンショット。凄い数の観光客。
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 NYCはとにかく不動産価格が高いので息子の寮は16階建て。3つの異なる運営のサマーキャンプの生徒が500人ほど泊まっていました。
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 アメリカでは一般的に高校が4年間ありますので、日本の中学3年生年齢の息子は高校生コースで一番若い14歳。ミュージカルコースは総勢30名が世界各国から参加。4週間の成果を披露しました。
 
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 日本の中学3年生なら夏休みは朝から晩まで塾で勉強しているでしょう。勉強量の圧倒的な差が気にならないと言えば嘘ですが、学科問題を解く以外の勉強をたっぷりしてきたと信じたいです。
by yumi-okazaki | 2012-07-26 10:52 |

ANA機内ビデオ 「翼よ、日中友好の懸け橋となれ」

 NY往復の全日空機内でふと見つけたドキュメンタリービデオ、「翼よ、日中友好の懸け橋となれ!」を見て泣いてしまいました。
 まだ中国に日本機が飛んでいないころ、上海舞踊団が日本公演から帰国するときに香港を経由しないで直行便で中国に帰国することを周恩来が提案してから始まったANA中国乗り入れへの熱い思い、そしてANA社員さん達の忍耐・努力がつづられたドキュメンタリービデオです。

 アモイ空港に飛ばした臨時便に着陸許可が降りなかったり、中国の航空局で建物にも入れてもらえなかったり、幾多の苦労を超えて定期便就航を実現させて路線を拡大してきた様子が綴られています。

 ご存じの方も多いと思いますし、若い方は知らないと思いますが、私の祖父はANA創始のメンバーで2代目の社長です。その岡崎嘉平太は外交官でも政治家でもありませんが日中国交回復に尽力し、1962年10月28日についに覚書調印。それから10年後に国交回復して今年はちょうど40年。

 政府が優遇してくれたり助けてくれるナショナルフラッグシップだった会社と違い、民間会社として発展していくことがどれほど大変か、このビデオでも良くわかります。中国路線に関してはANA社員さんのたゆまぬ努力で「一国一航空会社」の前提を覆して「日本は2社」とされたときの喜びも伝わってきました。

 年内いっぱい上映されるそうですのでANAに搭乗する機会がありましたらぜひご覧ください!!!

 覚書調印に向けた交渉当時、私は香港に住んでいました。日本から中国へ直接は入れないので祖父はよく香港に立ち寄りました。そのときの写真です。私は2~3歳でしょうか。
 
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by yumi-okazaki | 2012-07-06 12:26 | 備忘録